わからんから面白い魏志倭人伝

三国志の時代の魏志倭人伝にはわからん事が多い。わからんからそのまま想像力を働かして楽しんじゃお!

漢三國六朝紀年鏡図説(梅原末治著)を借りた

f:id:Aki104:20181121115032j:plain

漢三國六朝紀年鏡図説(梅原末治著)を借りた[1]。超大型本で重い。

   [1] 梅原末治著「漢三國六朝紀年鏡図説」1943年版、1984年版(復刻本か?)

以下気づいた点を列記する。

1)掲載された鏡の枚数

漢の時代の紀年鏡(年号の入った鏡)38枚、

魏の紀年鏡 8枚、

呉の紀年鏡 62枚、

六朝西晋東晋、宋、斉、梁、陳)の紀年鏡 23枚、

贋作品と贋作品の型 10枚、

の写真がある。同型の紀年鏡は何枚あっても1枚とするから実数はもう少し多い。

贋物を除くと131枚ある。うち62枚が呉の年号をもつ。呉の鏡が非常に多いという事になる。呉は鏡の生産が盛んだったらしい。

2)日本で出土したもの

うち日本で出土したのは魏鏡2枚と呉鏡2枚だ。1943年の時点ではこの4枚のみか。

3)三角縁神獣鏡

魏鏡2枚は正始元年(西暦240年)の三角縁神獣鏡だ。

他が大体3-5寸径に対し、7寸5分と異様に大きい。

異様に大きいけれども、中心付近の神獣パターンの部分は他の鏡と大きさが変わらず、大きくなった外周部分のパターンは波線やら三角形パターンといった単純な模様で作ってある。ある意味上げ底をして無理やり大きな鏡を作ったように見える。

4)鏡の断面図

137ページに掲載された鏡の断面図がある。

すべて鏡面側が凸(膨らんでいる)だ。鏡面側が凸だと映した顔は小さくなる。こうした鏡の実用性はほとんどないだろう。鏡面側が凹(へこんでいる)だと、例えば儀式において太陽光を反射させ火を起こしてみせるなどに使用できる。

三角縁神獣鏡では外周部分が厚くなって、縁にさらに三角形の小さな出っ張りがある。厳密にこうした断面形状をもつ鏡は他にない。

しかし、この三角形の小さな出っ張りをもって鏡の特徴とするのは、どんなものだろうか?私には腑に落ちない。

5)贋物

古代の鏡は珍重されたから後代の贋物も多い。

原理的には、本物を「型」に使って「逆」を作り、これに溶かした銅を流しこめば贋物ができる。あるいは「逆」に文字を加えるなどの細工をして未発見の古代鏡らしく作ることができる。

贋物の「逆」(鏡笵または鎔笵)の写真もある。こうした「逆」は砂を固めて作ったとある。本物においても同様の製法で鏡をつくったのかもしれない。